作家インタビュー
西岡義弘Nishioka Yoshihiro
普段、何気なく歩いたときに自然から味わった気持ちから、ものを作りたい
どこか透明感を感じさせる、凛とした美しさの白瓷(はくじ)や青白瓷(せいはくじ)たち。洗練されたデザインは静かで凛とした印象も受けるが、同時にどこか柔和で暖かい、親しみやすさも感じさせる。
この器を生み出したのは、西岡義弘さん。現在は山科に開窯し、白瓷や青白瓷の作品を中心に作陶を行っている。
西岡さんが陶芸の道へ進んだきっかけは学生時代の「民藝」との出会いだった。
無名の人々が生み出す日常の道具に美しさを見出し、「用の美」を唱えた民藝の創始者・柳宗悦。彼の文章を目にした西岡さんは、その思想に深く共鳴し、ものづくりの道へ進むことを志したという。
「手仕事の素晴らしさを説いた文章でした。もともと、ものづくりをしてみたいと思っていたのですが、柳宗悦を知ったとき、自分がやってみたいのはこれだ、と感じたんです」
西岡さんは1983年、24歳のときに京都・五条坂にある藤平陶芸にて藤平伸さんと出逢い、陶芸家への道を歩み始めた。折しも、藤平陶芸は民藝の中心を担った作家のひとり・河井寛次郎の自宅にもほど近い場所にある窯で、実は藤平さんの名付け親は寛次郎であるという逸話もある。何かの縁を感じずにはいられない。
「伸先生は人柄・作品共に個性の強い方で、私も影響は多く受けました。また、伸先生が京都市立芸術大学の教授を務めていらしたこともあってか、窯には個性的な作家さんが常に出入りしていました。その影響も大きかったですね」
その後、西岡さんは京都府立陶工訓練校、京都市工業試験場、宇治・炭山の西村徳泉工房を経て、2000年に独立。以後、個展やグループ展を中心に創作活動を行っている。
作品作りで大切にしている点は「手仕事の柔らかさ」
「独立した後は、とにかく自分のスタイルを見つけようと必死でした」という西岡さん。
現在は白瓷の器が印象的だが、そこにたどり着くまでには様々な作風を試みていたそうだ。陶芸家の道を歩むきっかけとなった民藝風の作品をはじめ、染付や絵付け、時には机の天板ほどの大型陶板など、色々なスタイルに挑戦したという。
そんな中、ある展覧会に出品した白瓷のカップを見た人に「あなたは白瓷をされると良いのでは」と指摘された西岡さんは、それ以降、白瓷に専念することになった。
「白磁の代表といえば中国陶磁や李朝の陶磁ですけど、そこにも惹かれていたところがありましたし…言われて自分の中でも「ああ、これだ」って、ストン、とくるものがあったんです」
白一色で表現する白瓷。シンプルだが、それ故に形や質感、制作時の温度などの影響がストレートに表れる。同じ材料を用い、同じ工程で作ったとしても、貫入の具合や発色は毎度微妙に異なり、全く同じものにはならない。
自分で使っても手になじむ、そんな自然な形を作るように心がけています
その魅力を、西岡さんは趣味でよく観に行っているという「能楽」に例える。
「能の装束は金銀糸がふんだんに使われていたり、全面に文様があってとても派手です。しかし、それを身に纏う役者の動きは一切無駄がなく、非常にシンプル。それでいて芯の部分がとてもしっかりしていて、とても美しいのです。削ぎ落とした中で人に伝わる美しさは、白瓷にも通じると思います」
能楽の動きは余計なものを全て削ぎ落とし、ひとつの「型」の粋に達している。だからこそ観客は動きから場面や役者の感情を自分なりに想像しながら楽しむことができる。
白瓷も、無地故に、使う場面も料理も選ばない。使う人が自由にイメージを膨らませることができる点は、能楽と似ている。
表現を削ぎ落としきった中にしっかりと残る芯と、どんな時や相手にも伝わる普遍の美しさ。それが、西岡さんが目指す白瓷の姿なのだ。
今後は、より遊び心のある作品を作っていきたいという西岡さん
もうひとつ、西岡さんが作品作りで大切にしている点がある。それは「手仕事の柔らかさ」だ。
「白磁や青白磁といえば中国陶磁と李朝がありますが、緻密で細かい中国陶磁と違って、李朝は独特の、手づくりらしい柔らかさや丸みがある。あの感じが好きなんです」
西岡さんの作品のひとつである、面取りの杯。
「面取り」とは大まかに円柱状に形作った素地を削って平面を作り、多面体に仕上げる技法だ。しかし西岡さんの作品は、完全な平面ではなく、面がほんのりと丸みを帯びている。草木がすっと上へ伸びていくような、柔らかくすっきりとした佇まいはいっそ有機的で、硬さを感じさせない。
西岡さんは1つの面に対し、荒削り、中削り、そして仕上げと、かんなを三段階に分けてあてて面取りを行うそうだ。これにより角が適度に取れて丸くなり、柔らかい質感を出すことができるのだという。
「軸や形づくる線はないといけない。でも、そればかりでは作品が硬くなってしまうんです。中国陶磁の緻密さとは違う、李朝の手づくりらしい柔らかさや丸み。あの感じが好きなんです」
また、西岡さんにとって特に力を入れているところは「口造り」の部分だ。
実際に口をつけた際に飲みやすいよう、口の形に自然に合うようひとつひとつ、縁の丸みや角度を微妙に調整しながら、口当たりの良さを意識して作られているそうだ。
「生地を削りすぎても薄くて角が立つし、かといって分厚すぎるのも使いづらくて良くない。自分で使っても手になじむ、そんな自然な形を作るように心がけています」
西岡さんの作品が持つ、凛とした佇まいに宿る柔らかさや暖かさ。それは彼の、使う人にも視線を向けた形へのこだわりと、丁寧な手仕事が生み出しているのだ。
それはまさしく、西岡さんを陶芸の道へ導いた「民藝」が目指した“用の美”。西岡さんの作品からは確かにそのこころを感じることができる。
人の思いや気持ちが入って「物語」を生み出せる作品を作っていけたら嬉しいですね
「特別ここから発想するというものはないんですけど…頭をからっぽにしたときの感覚で作ったほうが、いいものができる気がするんです」
作品のインスピレーションはどこから受けているのかと訪ねると、西岡さんは少しはにかみながらこう仰っていた。
頭をからっぽにしたときの感覚とは、どのようなものだろうか。
朝、涼しい風を受けたときの気持ちよさ。空にぽっかりと浮かんだ白い雲。近所の川にやってきた小鳥の姿やさえずる声。西岡さんはそんな、日常の中で自然に触れたとき、そのような感覚になるという。
「普段、何気なく歩いたときに自然から味わった気持ちから、ものを作りたい。そんな自然な雰囲気を作品に出せたら、と思っています」
西岡さんが能楽などと並んで好んでいるものに、漢詩がある。
特に李白や白楽天の作品がお好きだそうで、作品にもしばしばモチーフとして取り入れられている。どちらも、酒を愛し自然を愛し、自分の心の赴くまま、まさに「自然」な姿で生きた詩人だ。西岡さんはそんな詩人に憧れ、自分の窯名を付ける際にも参考にしたという。
気取らない、飾り過ぎない、日々のナチュラルな感覚を生かした作品作り。西岡さんの作品への思いは、そんな古の詩人の姿にも重なるようだ。
現在は山科に開窯し、白瓷や青白瓷の作品を中心に作陶を行っている
そんな西岡さんは、今後はより遊び心のある作品を作っていきたいという。
装飾を廃し、形と質感だけのシンプルな表現を突き詰めていく白瓷の世界。西岡さんはそこから今度は、より表現の幅を広げ、色々な形を生み出してみたいのだそうだ。
「これまではシンプルさを重視してきたけれど、ゼロ地点を通っていくからこそ生まれるものがあると思うんです。実用性だけじゃなくて、そこにちょっと余裕をもたせる。「遊び心」は、余裕があるからこそできるものですから」
形や質感、制作時の温度などの影響がストレートに表れる白瓷
既に西岡さんの新たな取り組みは始まっている。蓋にちょこんと小さな小鳥を飾った香炉など、具体的なモチーフを取り入れた作品を制作している。今後は他の動物など、種類を増やしていきたいと考えているそうだ。
他にも、白瓷に銀彩で模様や色をつけてみる。平面を使って模様を貼り付ける。あえて昔の古清水の表現にチャレンジしてみる…西岡さんがやってみたいこと、試してみたいことは枚挙に暇がない。
そしてもうひとつ、西岡さんが作りたいものとして「物語の生まれる作品」を挙げた。
以前、家族から誕生日プレゼントとして西岡さんの作品を贈られたという方から、欠けてしまった部分を金継ぎで補修して欲しいという依頼が来た。家族にもらった大切なものだから、何とか直して使い続けたい。その気持ちに西岡さんはとても感動したそうだ。
「作家の手を離れても、作品から色々なドラマが生まれるのだなと思って、とても嬉しかった。ただの「モノ」ではなく、そこに人の思いや気持ちが入って「物語」を生みだせる、そんな作品を作っていけたら嬉しいですね」
今後の西岡さんの作品は、どのような世界へと広がっていくのだろうか。そして、どのようなストーリーを語っていくのだろうか。とても楽しみである。
西岡義弘
- 1959年
- 京都市生まれ
- 1983年
- 京都 五条坂 藤平陶芸に勤務
- 1986年
- 京都府立陶工職業訓練校成形科修了
- 1987年
- 京都市工業試験場研修コース修了
藤平陶芸に復帰 - 1998年
- 宇治 炭山 西村德泉工房に勤務
- 2000年
- 自宅にて独立開窯
- 2006年
- 名古屋三越美術サロンにて「個展」
- 2007年
- 高槻西武美術画廊にて「個展」
- 2008年
2009年 - 大丸京都店アートサロンにて木工藝の佃眞吾氏と「生活工藝二人展」
- 2009年
- ソフォラにて染織の吉田桂子氏と「二人展」
- 2010年
- 二寧坂 六々堂にて佃眞吾氏と「二人展」
ソフォラにて吉田桂子氏と「二人展」
代表作
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青白瓷カップ
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青白瓷花生
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青白瓷縞花生