こんにちは。毎日本当に暑いですね?。皆さん、体調は大丈夫ですか?体に気をつけて、熱中症にならないようにしてくださいね。
京都は祗園祭の真っ最中。今日は宵々山です。ギャラリーには洛中洛外の陶板があります。こちら→☆(「洛中洛外図陶板を見る」をクリック→右隻の右寄り中央)
そこには、祗園祭の鉾が描いてあります。私は昨日の朝、その鉾を見に京都四条烏丸かいわいに行ってきました。夜は人がいっぱいだし、昼まは暑いし、ということで朝早く(といっても8時ころですが)出かけました。
私もずっと京都に住んでいるので祗園祭は山鉾巡行は一度、それから宵山など、夜に何度か行ったことがあります。でもそんなに鉾に注目してなかったように思います。雰囲気だけ味わっていたような‥。
でも、今回鉾をメインに見に行ってなんだかとても感動しました。いつも普通に買い物に来たりする四条通りに突如として大きな鉾が出現しているのです。京都の町がなんだか違う町になったような、時代が昔に戻ったような、映画の撮影場になったような、そんな不思議な感覚にとらわれました。
非日常が当たり前のようにそこにあってその横には普通にお家があったり、お店があったり‥、そして普通にたんたんとその鉾の横を出勤していく京都の人々が歩いていくのです。
これは長刀鉾。大丸のちょっと西に行ったところに置かれています。長刀鉾は鉾先に長刀をつけているところからこういわれます。
わかります?これが長刀鉾の鉾先です。この先の角度は八坂神社と御所の方には向かないように南向きになっているということです。
そして、これが洛中洛外図の「長刀鉾」。
長刀鉾は毎年17日の山鉾巡行のトップをつとめます。そして山鉾の中では唯一、生稚児が鉾に乗ります。(他の鉾にはご神体といわれるお人形が乗ったりしています)
そもそも祗園祭の起こりはおよそ1100年前、疫病が流行し、それを治めようと無病息災を願って「御霊会」を行ったことから。国の数である66の矛をたてたといいます。そしてその先に悪霊をうつすことで穢れを祓ったそうです。
この洛中洛外図が描かれた室町時代になって山鉾を作って巡行するようになったといいます。なので、少なくとも500年は今と同じような形で祗園祭が続けられてきたのです。(間に中止した年はあったようですが)本当にすごいことですね。
まだまだ、紹介したい鉾がありますが、それは次回に‥。
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